私は小さい頃から毎日家に届く新聞を眺めるのが好きだった。といっても、手にしてまず見るのはテレビ欄、それから四コマ漫画…というように、情報を得るために「見る」というよりは、まさになんとなく「眺める」という具合だった。
そのような調子だったので、取り立てて、「新聞を見ていてよかった!」と思ったことはなかった。

2年前結婚して実家を離れ、夫婦で暮らすようになってからは、新聞をとらなくなった。理由は「毎日料金を支払ってとるほど真剣に読んでいるわけではないから」という簡単なもので、興味のあるニュースはインターネットで見ればいい、と思っていた。
しかし、新聞を読まなくなってから、ふとした時に「知らない」ことが増えた。
それは例えば現役大臣の顔であったり、外国で起こった事件であったり、たとえ知らなくとも問題なく日々を過ごすことができるものだ。新聞でも、おそらく小さな記事として扱われていたであろう。しかし、眺めていれば必ず見出しや写真に引っかかりを感じ、目を通していたのだろうということに、新聞を読まなくなってから気付いた。

インターネットなどのネットワークメディアは、自ら興味のあるワードを検索し、必要とする情報を得ることができると思っていた。幅広い情報は、テレビ等のマスメディアで得ることができると思っていた。
しかし、IT化が進んだ今でも、たくさんの情報が詰まった新聞を眺める時間、というものが、私には必要なのかもしれないと思う。

私の友人にフリーランスでデザインを仕事にしている人がいる。その友人がいつも「最新情報が命」と言う。だからこそ、新聞・メディア・ネットと広い場所から収集する必要があるのではないだろうか。

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